アーマーリングを左手に。



・・・来ないでよ。
「   」 
・・・来ないで。
「    !」
・・・分からないのよ。
「  !!」「  」
・・・知らない。
分からないのよ!

ここから出して!!
「!!!?」
ベッドの軋む音を遠くで聞きながら、
あたしは弾んでいる息を整えようとしていた。
  嫌な夢を見た。・・・覚えてないけど。
「・・ふぅっ、ぃよっと!」
大きく息を吐いてから、腹筋とスプリングで勢いをつけて、ベッドから飛び起きる。
よし、夢見はわるかったが今日もいい天気!ハンガーにかけっぱなしの、でも昨日選んでおいた服を着込んで、扉を開いて下へと向かう階段を駆け下りた。
「おはよー!」
「おっ。姫、今朝はどうする?和食か?」
「サンドイッチにしとくわ。」
ここは雑貨ビルの一階。広いフロアになってて、まあ、どっかの大学の食堂みたいになってる。でも、そこまで綺麗じゃないし、照明だって明るくないし、流れている空気にも外のような平和さはない。平穏な朝はここにはない。
雑貨ビルに見えるここはまつり先生の病院で、はたから見ればもちろんわからない、ワケありの病院で、そんな物が立っている場所もワケありの場所だ。
「へい、おまち。」
「・・・前から言おうと思ってたけど、出前じゃないんだから。片目。」
片目と呼ばれたこの男もいつからここにいるのか・・・まつり先生に言われて、ここの厨房をまかされている。よく言えばシェフ。悪く言えば・・まぁ使い勝手がいいのでここにいるのだろう。片目はないので海賊のよーな眼帯をしていて、20代後半ほどの見た目で愛想とユーモアはさすが客商売といったところ。
「出前みたいなもんだろが。姫。」
「それもそーね。」
片目と呼ばれるこの男も、姫と呼ばれるあたしももちろん本名ではない。片目を本名で呼ぶやつももちろんいるし、あたしを別の名で呼ぶやつもいる。けれど、あたしに名前はない。
みんなが勝手に好きな名であたしを呼ぶ。
あたしには、まつり先生に拾われた夜より前の記憶がないのだ。
あたしが目を覚ましたのは、どこの病院にもあるような安っぽいベッドの上だった。まつり先生の診療所であるこの雑貨ビルには、表に看板すらない。が、それでもかまわない、といった場所がここ(・・)だ。
あたしはそんな場所の道端に行き倒れていたらしい。しかも、完全戦闘モードで。
まつり先生いわく、「極度のストレスによる記憶障害。」つまりは記憶そーしつ。
嘘みたいだがホントの話。
「おはよ。今日も良く眠れたみたいね?」
「・・・ちょーっと、夢見悪かったけどね。おはよーございます、まつり先生。」
この人がまつり先生。肩まで伸ばした茶髪と医者には見えない、ふつーのカッコ。今日は気分的にか、白い男物のトレーナーにGパン。首からはシルバーのクロスのネックレス。シルバーはマイブームらしく、最近よく見かける。
「指輪がないってことは、朝からオペでもありました?」
「・・・あー、忘れてた。で、夢見が悪かったって?」
・・・・・あえて、何を忘れていたのかは聞かないでおこう・・・(汗)
こんな風に何もなさそうに装って、先生はあたしのことを気にかけてくれる。
理由はたくさんあるが、一番はやっぱり、あたしの背中にある翼の形をした火傷の跡。ほかにも、タバコやら、打撲やら、切り傷やら・・・そんな跡があたしの体には無数に残っている。何の違和感すらなく。
さすがに、左肩にあったスティグマはまつり先生が消してくれた。
「夢の中身なんて覚えてないですけど。・・・体調なら絶好調ですよ。」
「ならいいわ。」
まつり先生はあっさりそういって、自分も朝食・・か昼食をオーダーした。だって十一時だし。
「・・・食べ終わったら、部屋でパソコン見てくれる?送ってあるから。」
・・・!
「オッケーデス。」
何の話かはよくわからないだろう、会話。
でも、これはあたしにとっての日常だ。
サンドイッチを食べ終わり、食器を片目に渡し、まつり先生に「お先。」と言って、あたしは自室へと戻った。
自室といっても、まつり先生にあてがわれた元、病室で、それでもそれなりに自分好みにレイアウトして楽しんでいる。
あたしの使う武器類、生活費、そんなモノを全部出せば、ここを出られるほどの額は手元に残らない。せいぜい、お小遣い程度の額だ。
ま、あたしはここを出ても行くあてなんてないんだからこのままここで働いてた方がいいんだけどね。

パソコンをたちあげ、開くのはまつり先生からの件名なしのメール。
そこにはこう、書かれていた。
「○月×日23時、東の○○コンテナ置き場より《シェリーコート》を奪え。」
その薬の名は「シェリーコート」旅人をからかう妖精の名だ。
・・・奪え?いつもながら強引だなぁ。
「・・・相手は・・・何人ぐらいかな?大人10〜20人てところかな?・・・う〜ん、先生にデータもらって、十夜(とうや)んとこいこうかな。・・弾ないし。」
なんて、パソコン前にして独り言いってたりする。・・・やばいなぁ。(汗)
そういってあたしはパソコンの電源を落とし、ビルの地下、十夜の部屋へと向かった。

カツン。カツン。カツン・・・
地下の階段を下りて一番奥の部屋。
・・・なんでここって、こんなに暗いんだろ?なんか遠くからは悲鳴が・・・いや、気にしちゃいけない。
コンコン・・・コンコンコン・・・・・
「はいはいはい?」
ようやく部屋から顔を出したのは、長くまっすぐな真っ黒い髪。キャミソールにパンツをカッコよくはきこなし、くわえタバコでめがねをかけたクール系の美女でなぜかいつも白衣を羽織っている・・・いや、羽織っていないところを見たことがない。
名前は、あたしは十夜と呼んでいる。まつり先生が名づけた名で、「十日の夜に拾ったから。」らしい。
「おはよ、十夜。」
「あら、サーティーン。お久しぶり。」
彼女はあたしのことをサーティーンと呼ぶ。
いわく、タロットの「死神」のカードが十三だから。
「一週間ぶりよ。ところで弾がなくなったの。いつものやつ、よろしく。」
「あ〜・・・日にちの感覚とかやばいわね、私。最近、催促がはやいわね。使いすぎなんじゃない?」
「忙しいのよ。」
彼女はちょっと肩をすくめて笑うと、
「サーティーン、ちょっと待ってて。」
と言い残し、ドアを開けっ放しにして中にもどっ・・・
ぴひぎゃああぁぁぁ・・・
「!!?」
三分の一ほど開いたどあの奥から聞こえてきた・・・悲鳴?のよーな怪鳥?のよーな??
・・・なんだろう?とあたしが思ったその時だった。十夜がひょっこり顔を出したのは。
「あの・・・・・」
「はい、いつものやつ。ちょっとおまけしといたからね❤」
続きは喉の奥に押し込んだ・・・なぜなら十夜の手にはメスを持ってさわやかに・・そう、とてもさわやかに微笑んでいたから。
ぴょぎゅぅぅぅぅぅ・・・
「!・・・ああ、ちょっとまってよ。ごめんね、サーティーン。気をつけてね。」
・・・・・だから・・何・・・・・?


PM十時。
弾丸・拳銃・隠しナイフ・・・そんな危なげなものをひらひらのスカートの下に隠し持って、あたしは夜を歩く。
そして、その背中には一振りの日本刀。柄は赤、つばは金色、鞘は夜の黒。
妖刀・「葛ノ葉」。あたしの愛刀のこいつはかの有名な九尾の狐の名をもらっている。
妖刀だといわれ、あちこちをたらいまわしにされ、今では安く手に入れることのできたあたしの仕事のパートナーだといってもいい。
この容姿、このファッションのおかげで、刀を背中に背負って夜道を歩いても「パーティ?」ぐらいにしか思われない。
観光地ならまったく誰も気に留めてはいない・・・たぶん。
白い姫ソデのブラウスに黒いレースの付いた夜の色と変わらぬワンピース。腰と背中には蝶の模様。ところどころ、頭や腕なんかにベルベットのリボン。それがあたしの戦闘服。
厚底ブーツの足音をさせて、あたしはコンテナ置き場へと向かう。

「シェリーコート」は、ようは覚せい剤のようなものだった。
一度、人体に入れてしまえば、まるで自分が世界の覇者になったような気分になる。まるで投与した人間をからかうかのように。<そしてその依存性は旅人を逃がさぬ妖精の力のように強い。
まぁ、そんなものをコンテナ置き場なんて人気のない場所で取引なんぞしようとするやつらがかたぎの人間であろうはずもない。
そう、コンテナ置き場で起こるのは「シェリーコート」の取引だった。
PM十一時が近づいてくる。
けれどあたしはまだ、取引のあるコンテナの外だ。
中に入るのは取引が始まるまさにその瞬間。
今回の依頼は「奪え。」敵は・・・この場に居合わせる、全員。

「・・・っ・・・・・!!」
「・・・!」
こいつらが取引先か?黒いスーツに黒いアタッシュケース・・・自分は裏の人間です!と言わんばかりの格好(呆れ)いや、花柄スーツとかもやだけど・・・(汗)
PM十一時、・・・ジャスト。
「・・・遅刻はしなかったのか?」
「待ったのはこっちだ。」
どちらかと言うと軽い感じのする、やはり黒スーツの男たち。
こちらは銀のアタッシュケースを持っている。
どちらかが・・・「シェリーコート」。
「さあ、見せてもらおうか・・・妖精を。」
「もちろんだとも・・・」
そう言って先に来た黒スーツの男たちの一人が黒いアタッシュケースを開けてみせる。
当たり。「シェリーコート」は黒いケースの中。奪うのはあっちだ。
「・・・・・」
「・・」
「・・・・・っ!」
「・・!!・・・」
なに?あたしはこのとき初めて、コンテナの中へと忍び込んだ。
耳を潜める。
「おいっ!話が違うぞ!!」
「言い値で買うと言ったのはそっちだろう。」
取引先がさらりと受け流す。あるんだよなぁ〜。買い手が決まって、取引になったとたん、売値を上げるやつ。で・・・
「このっ!人をおちょくってんじゃねぇ!!やっちまいな!」
「力ずくで奪う気か?おいっ!かまわねぇ!バイヤーならいくらでもいる!!」
男たちは一斉に攻撃態勢になる。血の気の多いやつらばっかし。
キ●・ビルか?
・・・どうでも・・いいんだけどね。
「ねぇ!」
あたしは入り口を背に、口論している男たちへと声を投げかける。右に五人。左に七人。
物足りないぐらいかな・・・あたしはぺろりと唇をなめる。
「なっ?!」
「なんだ?って言いたいんでしょ?でも、あたしはあんた達には用はないの。黙っててくれる?」
厚底ブーツの音をさせて、あたしは男たちの所へと歩み寄る。
「それ以上、近づくんじゃねぇ!」
ガゥンッ
男の撃った弾はあたしの足元へと着弾する。
・・・あたしは、歩みを止めない。
「今回は、どっちの味方でもないの。勘違いされても嫌だから言っとくわね。」
そう、今回は「奪え。」・・・あたしは背中の刀をゆっくりと・・抜いた。歩みは止めない。
「っ!こいつが先だっっ!」
どちらが、そう叫んだのか・・・もう、どうでもよかった。
ガゥンガゥン・・・ガンガンガンッ・・・
コンテナの中に銃声が響き渡る。あたしを蜂の巣にしたいのだろうがこっちも「奪い」に来たのだ。
・・・まるでワルツでも踊るように、銃弾を時には避け、時には切り裂きながら、走る。
一人の男がナイフを振りかざし、向かってきた。
走りざま、男の左脇に体重を移動させ、構える。
ザンッ・・・
男の手からナイフが落ち、その場に崩れ落ちた。スーツに左脇から右肩へかけ、ゆっくりと紅い染みができる。・・・一人。
「このっっ!!」
他の数人の男たちがあるいはナイフ、あるいは銃を構え、向かってきた。
ぐっと体全体に力を入れる。あたしの足が地面を強く跳躍した。
「桜吹雪。」
風に流された桜の花びらの如く、あたしは右へ左へと動き、刃をひらめかす。
吹雪の後に流れるは、宙に舞う紅い血の玉。・・・・・五人。
あたしに向かって銃弾は途切れることなく飛んでくる。ああもうっ鬱陶しい!
あたしは近くにあった大きな木箱の裏へと走りこむと同時にスカートの下の銃を取りだし、狙いを定める。
ガゥンガゥンガゥン・・・
火薬がはじけ、薬きょうが屈んだあたしの足元に落ちて音を立てる。・・・三人。
木箱の裏から飛び出し、辺りを見回すとうめいていたり、倒れていたりする男たちに紛れ、
逃げ惑うその男が持つのは黒のアタッシュケース。その周りを数人の男が守るように囲む。
ケースを抱えている男の周りの二人が弾が切れたのか、こぶしを振り上げ、向かってきた。
あたしは走る速度を上げ、刀を納めた。
こぶしを握り締め、一人のみぞおちを狙い、叩き込む。
続いてもう一人の右頬を力任せに殴り飛ばした。・・・ラスト、一人。
足元に落ちていたナイフを走りざまに拾うと男めがけて投げ打つ!ナイフは男の肩に突き刺さった。男がうめき声を上げる。
ダンッ!
床をけり、大きく男のもとへと跳ぶ。着地をしながら打った手刀はみごとに男の首筋へと決まった。
聞こえるのは男たちのうめき声。そう、あたしは一人も殺していない。
そして「シェリーコート」の入ったケースはあたしの腕の中にあった。
「・・・さてさて、妖精さんを確認しますか。」
ケースに中には大事な宝物のように、六粒のカプセルが入っていた・・・。

「あれなら十夜に渡したわよ。」
「はい?」
・・・後日、無事に「シェリーコート」をまつり先生に渡したあたしは三日後の今日、依頼領を先生から貰うと時ためしにあの薬はどうなったかと聞いてみた。
「いや、依頼は「シェリーコート」を「奪う」ってことだったから、後の処分は任せるって言ってたし、なんかほしそ〜だったからいいいかなー?って・・・」
・・・・・だめだ、考えちゃいけない。・・・
そう、考えちゃいけない!!(汗)
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